私は、大学の研究者ではありませんが、人生70年を実務で歩んできた者として、少しだけ分析してみましょう。

  戦後日本の復興を分析した名著『日本の経営』ジェームス・C・アベグレン(著)がありました。その中に「日本的経営の特質」として、終身雇用制、年功序列制、集団的意思決定や非明示的管理方式などを取り上げています。

  これらが、1950年~1980年末までの日本の戦後直後の復興を支えた事は間違いありません。しかしながら、1990年以降の急速なグローバル化やGAFAなどネットワーク化の時代になると、それでは対応できません。戦後直後のやり方をそのまま継続している事、昔の成功体験を忘れられない事が「失われた30年」の主原因です。

1.第1期:日本の戦後復興から高度成長期(1950年~1980年末)

  そもそも、非明示管理方式とは「企業構成員の職務内容、権限・責任関係、業績評価が著しく曖昧」な事です。企業の従業員は豊かな生活を夢みて、残業や担当外の仕事もいとわず、少人数でこなしました。日本国内での生産と輸出を中心とした少人数での企業運営なので、お互いのコミュニケーション経路も少ないので、むしろプロセスを明確化しない事が効率化の源泉でした。

  これによる日本企業の強さを『ジャパンアズナンバーワン』と表現した本も出版されました。丁度、太平洋戦争前期の日本軍の攻勢と同様の強さでした。

2.第2期:グローバル化の進展期(1990年~2020年まで)

  日本からの輸出が集中豪雨的だと散々に叩かれて、消費地国での生産が要求されました。そして、国内・国際的規制も相当に増加しました(残業規制、ISO、コンプライアンス、内部統制、連結決算制度・・・・)。残業規制があるので、高度成長期と同じ労働量をこなそうとすると、従業員数は1.α倍必要になります。いや、機械化やコンピュータ化の進展があるので、1.α倍にはならないという主張もあるでしょうが、日本企業と競争する海外企業でもそれは同様なので、比較すればそれは無視できます。

  従業員数が1.α倍になると、コミュニケーション経路数は明らかに増加します。電子メールのような論理的コミュニケーションが発展しても、フェースtoフェースの感情を含めたコミュニケーション全体の20-30%に過ぎないと言われているからです。そもそも、各々の文化や宗教が異なるグローバルな従業員は、日本国内での以心伝心的コミュニケーションは利きません。日本国内でも、飲ミュニケーションは減りませんし。

  非明示管理方式、即ちプロセスの「標準化」を怠った状態では、グローバル対応や諸規制対応は不可能です。もし、それを進めようとすると、コミュニケーション経路は1.α倍に留まらず、これを大きく超えてしまいます。実際には、グローバル対応や諸規制対応を怠ったままの企業運営が行わざるを得ません。たとえばコンプライアンス室を設置しただけでは、従業員への徹底は不十分となります(対外的ポーズの精神論だけ)。

  丁度、ある時期のスポーツ勝者が自分のフォームを変えずして、継続しては勝てないように。この点でも、太平洋戦争前期をそのまま踏襲した後期の日本軍の負け続けと同様です。終身雇用制で安心な筈の社員が、難しい事にチャレンジしなくなるのは何故でしょうか? 倒産寸前の電気メーカーが、台湾企業に買収された途端に息を吹き返すのは何故?

  非明示管理方式のままではダメな例いくつか以下に紹介します。ビジネスアナリシス方法論GUTSY-4は、当然これらの解決を目指したものです。       

  (1) 従業員の職務記述書がない悪影響
  (2) 新製品開発スピードが相対的に遅くなる
  (3) ISOを始めとする規制対応が不完全で、コスト高
  (4) 標準プロセスが無いので、個別要求への対応でITシステム構築費用が高くつく
  (5) グローバル統制できない、戦略展開や業務監査も同様
  (6) M&Aが単に企業買収だけで終わり、相乗効果が出せない

  以下、上記の各々の詳細を説明します。各々が長いので、いずれ別々のブログに分割する予定です。

(1) 従業員の職務記述書がない悪影響

  第1期は、職務内容を明確にしない総合職のままでも良かった。しかし、職務記述書や仕事の進め方を書いたプロセス文書がないとすると、新卒採用では人事部門が独自評価基準を決めて一括採用せざるを得ません。ですから総合職などとバカバカしい職種?が誕生します。職務記述書がなければ、採用後の働き方改革もできる筈はありません。

  第1期の日本企業の有利さが、ここでは逆に不利になっています。職務記述書もないのに、働き方改革とはお笑いです。全社員を総合職にする?

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(2) 新製品開発スピードが相対的に遅くなる

       第2期になると、企業環境変化のスピードは相当に早くなります。当然、新製品開発スピードは、以前の何倍かが要求されます。しかしながら、標準プロセスが無ければ、その上に自社独自プラクティス(うまいやり方)を開発・搭載できません。第1期のように、新製品開発を個人の能力だけに依存してしまえば、組織全体での設計・開発のスピードが上がりません。

  この結果、日本の電気業界での完成品メーカーはほとんど消滅し、残るのは部品や材料メーカーだけになっています。また、標準プロセスが無ければ、グローバルでのコンカレント設計・開発も不可能です。これらが、R&Dに欧米企業並みの投資をしながら、日本企業の利益が出ない主原因でしょう。

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(3) ISOを始めとする規制対応が不完全で、コスト高

  大手メーカーでの多くの品質偽装事件が明らかになりました。たとえば、ISOでは個人別ではなく「組織のプロセス」を要求しているのに、なぜこういう事件が起きるのでしょうか? それは、ISO取得を実際には存在していない「(非明示管理方式のままの曖昧な)プロセス」で申請しているからです。ISOはプロセスアプローチと呼ばれるように、組織として統一されたプロセスを要求し、かつ重要なプロセスでは、プロセス図だけでなく詳細に記述することを要求しているのに、これでは、ISO認証自体の偽装取得になってしまいます。

  また、諸規制自身は相互に影響し合いますので、それを企業方針に沿ってバランスさせ統合した標準プロセスを現場に提供すべきであり、それぞれ現場が自主的に判断・対応すべき事ではないでしょう。内部統制、コンプライアンス、ISOなどとバラバラの部門を設置してもダメ。たとえば、日本版SOXが適用された時に、多くの企業では内部統制室が重要でない勘定科目にも厳密な内部統制を強制して、コスト高になっています。リスク対応コストがリスク損失を上回ってGDPを0.5%下げた、という米国SOXの反省を踏まえずに。

  第1期の日本企業の有利さが、増加した、さらに増加する諸規制対応では逆に不利になっています。   

(4) 標準プロセスが無いので、個別要求への対応でITシステム構築費用が高い

  某メーカーで、全世界売上の1/3しかない日本で、ERP導入の全世界費用の2/3を使ったという信じられない話があります。第1期でのIT投資は、人がやっていた事をそのまま自動化すれば良いという単純そのものでした。しかし、第2期では、グローバル化によって先ずプロセスを標準化しなければ、バカ高いIT投資になります。この企業では、ERPアドオンを海外では「自分のスキルにならない」と拒否された。本当は、日本人の方が、能力も高く、終身雇用で安心な筈がなぜこうなるの?

  この結果が、日本企業のIT投資効果は米国のそれの1/2しかないという数字に表れています。これは、経営者と情報システム部門の両方に責任があります。米国最大手IT企業の出身者から聞いたことがあります「米国本社では、1980年代にCIOにプロセスに対する権限・責任を付与した」と。1990年代にシティコープのCEOに、CIOのジョンリードが選出された理由「これからのバンキング業界はテクノロジー産業だから」。そんな発想がない日本の銀行をいくら保護してもムダでしょう。

  そして現在では、IT投資対象も世界的には、(守りのITの)SoRから(攻めのITの)SoEに移ってきています(これは未だブロブに書いてないが)。標準化を画一化と混同した日本丸はどこへ進むのか、漂流しているのか?

(5) グローバル統制できない、戦略展開や業務監査も同様

(6) M&Aが単に企業買収だけで終わり、相乗効果が出せない