20世紀は「工業社会」、その前は「農業社会」、そして、もう20年も経ってしまいましたが、21世紀は「知識社会」と、誰かが言いました。トフラー?ドラッカー?、最近、ビジネス書を読まないので忘れました。

  工業社会と知識社会の違いは何でしょう? GAFAは明らかに後者ですね、瞬時に国境を超える。

1.工業社会

  他社と差別できるのは、生産設備や生産技術です。でも、それは物理的に場所が限定されるという制限があります。

  例えば、日本の工場が手一杯、これをインドネシアで生産しようとしたら、その品目用の部品表、対応設備、対応要員などそれなりの準備が必要になります。モノの輸送も必要。

  蒸気機関の発明後、生産性は圧倒的に向上しましたが、生産場所は限定されてしまいます。瞬時に国境を超えるのは不可能。

2.知識社会

  他社と差別できるのは、自社で獲得した知識、およびそれをブラッシュアップした知識(プラクティス)。

  たとえば、Amazonにおける顧客の詳細属性たるプロファイル、私自身も深くそれを認識しないまま次に私様に表示されるレコメン画面をクリックして、つい買ってしまう。これは、顧客プロファイルをどう読み取り次の画面を表示するかの知識が重要であり(多分、日々改訂)、ITシステムはそのプラクティスを実装しただけ。

  この知識は顧客個人の性格に依存するものであり、本人も理解できておらず性別や人種よりも個人特有。これを利用して世界中でビジネスを展開するのに必要なのは、サーバ能力だけ。これが文句を言わずに365日24時間働く。残りは、アウトソーシング可能で、コア能力ではない。

  Amazonの顧客プロファイル分類は、100位か? 設備と違って、知識はタダで他でも利用可能な資産だし、この知識はまた次の知識にブラッシュアップ成長。⇒同一人員で年間、売上13倍の事例A①

3.具体的知識の共通利用の前提

  知識社会における企業内での知識の共有・利用。精神論レベルの知識ではなく、企業内での具体的な知識の共通利用のためには、プロセス標準化が前提となります。しかし、その知識は瞬時に共有でき、モノのように在庫や輸送は不必要です(リードタイムはゼロ)。

  プロセスがバラバラだとすれば、具体的な知識たるプラクティスで同一のを共通利用できません。プラクティスはITでなくともどこにでもあります。ベテラン営業や技術者が持つもの、膨大なデータからアナリティクスによって生み出すもの、AIに覚えさせデータ収集・改良を図るものなど様々。まさに、「知識社会」における最大の資産。

  日本企業は「工業社会」での成功体験を忘れて、プロセス標準化と「知識社会」へ対応せねば、2030年に果たして存続できるのか? 工業社会での韓国の失敗を笑っている場合ではない、今は「知識社会」。

  藤本隆宏先生は、生産物は設計に込められた知識を転写したと言っています。そして、モノでない成果物もありますね、マーケティング、顧客との契約や信頼など、次は製品設計に、最後に生産物に転写。