ビジネスアナリシストは、業務知識・スキルによって、ユーザと会話します。本ブログでは、このための業務参照モデルをどう開発したかを紹介していきます。

1.プロセス参照モデルを探す

  2005年頃、トップダウンとボトムップの融合のためには、⇒ブログ記事:プロセス参照モデル(プロセスリファレンスモデル)を使って、プロセス設計と合意形成をはかることを残りの人生の目標に設定しました。当時、57歳。まずは、名古屋のトヨタ系14社が開発したJMS(日本経営標準)だと、高く分厚い書籍を購入して調査。たしかに、レベル1~3まで企業に必要なすべての経営機能は階層的に定義されているが、レベル4はチェックリストであり、プロセス参照モデルではないとすぐに断念。

  つぎに、目をつけたのが米国SCC(サプライチェーンカウンシル)が開発したSCOR。これは階層的なプロセス参照モデルになっており、サプライチェーンの計画・調達・製造・出荷をカバーしていました。意味はJMSよりも分かりにくそうだが、10年間で何回かバージョンアップもされているので、これだと思いましたが、よく読んでみるとレベル3までしかありません。

  日本人が得意な業務改善のためのレベル4がないとは! ここで諦めるかどうかをかなり思案した結果、「無いならば、自分で開発しよう!」と無謀な決意。ここから貧乏でいばらの人生に突入しました。もちろん、どこかに存在していれば、一度しかない人生をこんなことには賭けません。

2.サプライチェーンSCORのレベル4プロセスを開発した

  SCORのレベル3からレベル4への分解は、H.A.サイモンの意思決定プロセスを少しひねって適用しようと決定。すると、一つのレベル3が大体、4-6個のレベル4プロセスに分解できます。これに気付かなければ、レベル4の開発を断念せざるを得なかったでしょう。サイモンは神様です。サイモンの意思決定プロセス.jpg 

 

  SCOR自体は、製造業だけでなくサービス業にも適用できるように、共通的なことに絞って抽象化してあるため、逆に分かりにくくなってしまっています。もともと分かりにくいレベル3をレベル4に「要素分解」する過程で、かなり悩み抜きました。そして「詳細化」は、製造業のプロに委託しました。

  レベル4の定義に悩んでは、レベル3に立ち戻ってはと、SCORへの理解が深まっていきました。これで気付いたのですが、レベル4を知らなければ、レベル3は理解できないということです。すなわち、係長の仕事を知らなければ、課長は務まらないということ。担当者のレベル5までは知らなくてもよいのですが。

  そうこうして、A4で450ページのレベル4のプロセス参照モデルを開発できました。これを利用したプロジェクト経験から、いろいろ手直し、一番、大きなのがプロセス構成要素(メタモデル)の変更でした。都合、3回、450ページ全ての手直しは「肩はこる、目はしょぼしょぼになる」という厳しい作業。

3.製品開発DCORのレベル4プロセスも開発した

  そうこうしているうちに、2008年頃、SCCからDCOR(製品開発)Ver1.0が発表されましたが、このレベル4の開発はもうやりたくないと思っていました。ところが、大手電機メーカの知人から、「現地生産でサプライチェーンは海外に出ていくので、これから日本に残るのは製品開発だけ」と聞かされてエー。しかし、そう聞かされたら、やるしかない。

  SCORは当時、Ver8.0まで行っていて「かなり枯れていた」。しかし、DCORはVer1.0なのでまだ出来が悪くて、かなりの苦労の連続でした。簡単すぎる記述、おかしな記述、SCOR以上に想像力を働かせねばなりませんでした。一番、分かりにくかったのが、Integrateというプロセスで、コンカレントエンジニアリングのためのプロセスだということには気づきましたが、最初はチンプンカンプン。このプロセスの重要性は、今野製作所さんへの適用で理解できました。今野社長は、後でこれを「開発統括」と命名、なるほど!

  という訳で、まずすぐに必要となる開発統括、設計・試作、リサーチ、設計修正に関する170個のレベル4のプロセス参照モデルを開発しました。これは様々な開発手法を組み合わせたITシステム開発にも適用できます。過去の通信カラオケ開発経緯に対して、これを適用して分析、そのプロジェクトリーダから「たった50分した話してないのに、よくこんなに分析できた。」とお褒めの言葉を頂いたこともあります。現在は、これを製品開発だけでなく、量産設計や生産設計にどう拡張していくか思案中です。

  とにかく、600個以上のレベル4のプロセス参照モデルを私財をつぎ込んで開発できました。当時のITC協会の関隆明会長が「渡辺君ありがとう。これは本来は国がやるべき仕事なんだ。」と肩を抱いてくれたのが最大の励ましとなりました。

  国は、「これからはBPMNだ」と方向音痴。「単なる表記法の前にやることがあるでしょ、なぜ日本でEAが失敗したのか」これをまるで分かっていないようです。 

 

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