私、渡辺和宣が、エンジニアリングを実現したビジネスアナリシス方法論GUTSY-4を開発するに至った、IT人生を振り返ってみます。一貫して、自動化とかエンジニアリング化に取り組んできた気がします。

プログラマ時代:1971-76年、ミニコンピュータのFA制御用のアセンブラプログラム開発を半自動化。・・・・社長賞を受賞、賞与3割増しに!

②SE時代1:1980年前後、事務用コンピュータでの画面入力や帳票発行のCOBOLプログラムを自動生成。

SE時代2:1985年頃、分散オンライン処理での各種ツールの開発。 

 

       今回は、SE時代1を振り返ってみます。1977年頃(約35年程前)、面白かったミニコンピュータによるFA開発から、事務処理コンピュータに移りました。業務知識がないので、売上伝票?請求書? 全く意味が分からない!という状態。

 

1.ユーザが言う要求は何でも実現

        当時は、アプリケーションソフトウェアはタダ同然。ミニコンピュータ時代にプログラミング腕力も付けた私は、ユーザがいう帳票とか処理とか何でも実現して自己満足に浸っていました。でも、ある時にふと気付いた「どうも、自分が思っているほど、相手は満足していないようだ」と。

  そこで、経理システムのシステム設計とプログラム開発時に、なぜその帳票が必要かそれをどう利用するのかと、経理部長とよく話をしました。すると、プログラム規模は他の1/3位しか開発しなかったのに、ユーザの満足度は非常に高いことが見えました。そして、他社の仕事で経理のことが分からない時に、教えてくれる関係にまでなりました。

  ある調査で「2/3のシステム機能が全く、あるいはほとんど使われていない」とありますが、ユーザの単なる思いつきまで開発しても決して喜んでくれないのだと実感しました。これが、ビジネスアナリシスの効果なのですが、当時はそんな言葉を知る由もありません。

 2.事務用コンピュータでの画面・帳票プログラムの自動生成

  プログラム開発量を大幅に削減することに成功しましたが、それでも、自分の虫がまた動き始めました。当時は、小さなディスプレイ画面からデータ入力することが始まった時代でした。しかし、そのプログラムが面倒、何でこんな判定やコードを何回も書かなければならないのか、あまりにも冗長過ぎる。するとそれに弱い私はミスを犯してしまう。

  そこで、画面レイアウトとして当時のコーディングシートに、データ項目と転送先・転送元、マスタ等とのチェック方法など、シート数で4枚位を埋めれば、2,000ステップ位のCOBOLプログラムを自動生成する仕組みを開発して自分で使っていました。同様に、帳票作成も開発。凝った画面や帳票でなければ、これで十分。

  難点は、ブラックBOXで済む共通サブルーチンもソースプログラムを展開してしまうので、不要な紙が沢山、出てきてしまうことでした。私がミニコンピュータで実現したダイナミックリンケージが当時の事務用コンピュータでできない。遅れているなぁと感じました。

  これが私の「プログラミングの自動化、すなわちエンジニアリング化」の第二弾です。よし、社員の代わりに、コンピュータにプログラミングさせれば、給料は要らないし、文句も言わない。そこで、コンピュータを何台も並べたソフトウェア開発会社を立ち上げようと活動しました。しかし、家族の希望で、出身地にUターンすることになった。 

 

続きは⇒SE時代その2

 

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