1.ユーザがソフトウェア開発者に変わっていく

長らくソフトウェア開発者は、特殊技術を持ったエンジニア(技術者)でした。ユーザの方は自分では開発できないので、ITベンダーは「仕様を言ってくれればソフトウェアを作ります」、企業内の情報システム部門は「作って上げます」とか、自らの技術の上に安住してあぐらをかいていた(開発技術の変遷はあるにしろ)。

1980年初めのアルビン・トフラーの予言によれば、知識革命後の知識社会という第三の波が来て、プロデューサー(生産者)コンシューマ(消費者)の区別が無くなる、すなわち消費者を積極的な生産者(プロシューマ)に変えると予言しています。ソフトウェア開発でいうと、情報システムのユーザがコンシューマ(消費者)、ソフトウェア開発者はプロデューサ(生産者)、この区別がなくなるというのです。

30年経った現在、まさにこれが現実化しています。各種の超高速開発ツールによるソフトウェア自動生成、ルールエンジン、各種のクラウドサービスによって、ユーザがプロシューマになれる状況が揃ってきた。

GUTSY-4の事例Aの今野製作所はプロシューマそのものです。中小企業なので、情報システム専任者は居ません。基幹系システムはパッケージを利用していますが、社内のプロシューマが開発したシステムの方が遥かに費用対効果は高い。試行錯誤しながら仕様を決定できるし、ITベンダーから「作って上げます」と高い価格を言われなく済む。そして、やがてパッケージはクラウドサービスに置き換えてしまえばいい。それまでの我慢。

今、日本は空前のSE不足だとか。それは、花火が消える前に大きく光るのと同じ。ガラパゴス日本で「いい湯だなぁ」といい気分になっていると、やがて「ハイ、それまでーよ」(古いなぁ)。

2.ソフトウェア開発者がユーザまたはそのファシリテータに変わればいい

では、これからソフトウェア開発者は、どう生きていけばいいのでしょうか?結論は、プロデューサからコンシューマになるのです。全くの別世界に行くよりも、土地勘があるので遥かに楽!

ユーザは、日本企業の非明示的な管理方式のため、「どういう目的でその業務をやっているのか分からない。上司にやれと言われたのでやっている」。その上司も、前任者から引き継いだことを疑問も持たずに「部下に指示している」、その理由は「何かあったら責任追及されて困るから」。前任者のことをどんどん否定できるのは社長だけ、前社長の肝いりの事案は全面的に中止という行き過ぎもありますが。

したがって、ユーザは業務が分からずコンシューマとしての能力がないため、アプリケーション開発は「仕様を決定できず」トラブルだらけ。そこに超高速開発ツールを利用すれば、今までにない高速スピードでゴミも開発されていく。

プロデューサ(生産者)であるソフトウェア開発者が生き残る道は、プロデューサ自身からコンシューマに変わるのです。直接の消費者でなくともその代弁者とかファシリテータになればいいのです。その一つの姿がビジネスアナリストです。自らを能動的に変えるのです。生き残っている企業はどんどん変遷しているではないですか。クロネコヤマト、セコム・・・・。 ソフトウェア開発者よ、頑張れ!使い捨てになるな!  私も元SEより

 

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