業務参照モデルの研究業務の標準プロセス開発は、ほぼ終了。(設計・開発業務は以前に完了)

  開発し終わっての所感ですが、日本企業が多額の研究開発投資しても、利益率が低いままの現実は、しごく当然だと痛感しました。気付いたのは、不確実性に対応するための以下。

1.研究テーマはマーケティングや人的販売から発生する

  BtoBでは、自社製品が満たしていない顧客価値は、人的販売プロセスによって営業マンが特定顧客から拾った情報を報告すべき。そして、マーケティングの市場調査での仮説をあるセグメント単位で検証する。その顧客価値を実現する方法の模索が研究の主力。

  事業部組織だけでマーケティング組織がないと、次の事業が育たずジリ貧。ヒューレットパッカード社では、シェア20%を超えた事業に対して、それで予算編成することを禁止していたと(すなわち撤退)。企業ミッションたる「HPウェイ」を守るためには、それ位しないと。

2.研究へのレビュー・審査の仕組みが必要

  実際に研究が始まって、研究部門だけのデザインレビューで終わっていてはだめ。特に、基礎研究や応用研究テーマを設定してから時間が経過している筈。そこからの変化を反映して、マーケティング・営業部門も入れた全社的なゲートウェイ審査がなければ、ムダな研究開発投資をダラダラ続けるハメになります。

3.恒常的に要素研究テーマを吸上げる仕組みが不可欠

  研究テーマは、社内からも発生します。それを吸い上げる仕組みとしての標準プロセスがないと、研究部門の一人よがりの設定になりがち。生産技術部門は、生産に関する要素技術ニーズを拾ってそれを開発しています。

  設計・開発プロセスでは、時間に追われて「こういう要素技術があればなぁ」という情報が上がりません。上司にも報告しないでしょう。では、要素技術ニーズはどういう仕組みで、拾い上げて設定していますか? 

4.研究員が自主設定する研究テーマも何割かは必須

  この代表的なのは、3M社の15%ルールです。新製品の成功率は、約3%以下しかありません。研究テーマはそれ以上に「多産多死」。個人の独創性を生かした標準化のために。グーグルの20%ルール、デュポンの30%ルール。

  

  上記を反映し研究の標準プロセスを開発しましたが、同時に、研究を促進・共通支援するEnalbeプロセスも合わせて開発しました。これが無いと、兵站がだめで戦争するようなもの。そして、マーケティング、人的販売、設計・開発の参照モデルも修正。

  机上でもこんなに大変なのに、標準プロセスがなければ現実の研究開発力はどんどん落ちて行くでしょうね。平成の失われた30年」の根本原因はコレ。昭和の高度成長時代の成功要因は、「標準プロセスが無くても器用に仕事をこなした日本人の能力」。平成の没落はその成功要因をただそのまま踏襲し続けたこと。