最近、イノベーションとかビジネスモデルキャンバスとか聞き飽きるほど言われています。画期的な新しい製品やサービスは、米国ならばアイデアだけでも売れます。そして、それを実現するためのビジネスプロセスは標準プロセスもありますし、それ自体を請け負って実施するアウトソーサーが存在します。

  そうしたインフラがない日本の場合は、それをどのように商品化しマーケティング・販売するのか、顧客にどう提供していくか、それらのビジネスプロセスを全て自分自身が作り上げ、運用せねばなりません。資金面では、さらに悲惨です。ベンチャーのビジネスの評価能力がない日本の銀行は、質屋や高利貸しのように担保を求めます。研究・開発に自己資金を注ぎ込んでいるので担保などある訳はありません。政府系銀行でも、ベンチャーに売上予定と返済能力を評価します。

  では、日本企業にとってなぜビジネスプロセスの「見える化」や「標準化」が必要なのでしょうか。もう68歳となった団塊世代を生きてきた私(渡辺和宣)の「思い」を綴ってみます。学者ではありませんので精緻ではなく雑駁ですが。

1.1980年代までは幸運に恵まれて、日本企業は「非明示な管理方式」でも成功できた

  世界の先進国が成長し続けた時代です。高性能の製品を設計・製造さえすれが、高価格で世界の先進国に輸出し販売できました。相変わらず日本企業は、暗黙的なビジネスプロセスやルールを運用しても、高度成長できました。日本は、ジャパンアズナンバーワンと言われた時代です。

2.1990年代から日本企業には暗雲が、そして失われた20年となる

  中進国や後進国が急速に経済発展して、グローバル化が急速に進んできました。しかしながら、驕り高ぶった日本企業には危機感が全くありませんでした。

  1990年代には、週末の韓国との往復の飛行機は常に満席だった。日本企業内で技術者の評価が低かったため、週末に韓国企業に指導アルバイトをしていたためです。しかし、日本企業の経営者には、技術を簡単にはキャッチアップできないと、全く危機感がなかった。「非明示な管理方式」なため、技術の大半が個人の暗黙知に依存しており、その技術者が流失してしまえば結果は明らかです。

  グローバル化で、人種・宗教・文化など様々に異なる人々が、「あうんの呼吸」や「暗黙」で世界で統合された企業活動ができる筈がありません。日本企業が世界で活躍できたのは、グローバル化は一挙には進まないため、その間は製品力や技術力という過去の遺産が使えた幸運があっただけです。たとえば、日本製品の品質に対する大きな信頼とか。

3.2010年代からの日本企業は生き残れるのか・・・・さらに失い続けるのか

  「非明示な管理方式」の前提となった終身雇用が崩れつつあり、情報化時代で世代間の考えも相当に異なってきています。しかし、まだ日本企業にはまだ技術力が少し残っています。しかし、これを世代を超えてどう共有してどう継承していくのでしょうか。

  顧客の要求に合致しない技術や品質は無用です。たとえば、エアコンのTV宣伝を見ると腹が立ちます。人の居場所を察知して自動的に・・・・・。この企業には、IBMを再建したガースナーのように「その何たらチップは食べると美味しいのか」と技術者に迫れる経営者がいないのでしょう。

  広義の技術力を継承するためには、先ず、ビジネスプロセス(レベル2まで)を「見える化」し、標準化して、企業内で相互コミュニケーションできるようにする必要があります。たとえば、マーケティング、商品開発、製品の設計、製造、人的販売、受注・出荷などの経営機能(レベル1)を統一認識しないと、社内で議論もできません。

  マーケティングと商品開発を一緒に考える人もいますから。たとえば「納期」という用語が企業内で標準定義されていなければ、事業部を超えた課題解決なぞ望めません。同音異義のため事業部を超えた議論ができないのです。たとえば、化学会社は、コンビナートごとに用語が全く異なると言われます。

  こうした事を前提として、最も課題の多い経営機能について、営業力を含めた技術力を暗黙知から形式知にしてプラクティスとして下位のビジネスプロセスに組み込んで共有できるようにするのです。そして、プラクティスを徐々に増やしていくのです。「ものづくり力の伝承」などと、呪文のように叫んでも何も解決できません。解決できない期間、技術力は人の退職と共にどんどん目減りして、海外拠点にも伝達できません。

  私がビジネスプロセスそしてGUTSY-4と業務参照モデルにこだわるのは、お互いに助け合うという良き日本文化を残すため、そして、先輩が作りあげ競争力となった技術力を次の世代に継承できるようにするためです。団塊世代の生き残りとしての私のライフワークです。今のままでは、後の世代の犠牲の上に年金をもらっても死にきれません。